数年前から構想が示されていた、名古屋市科学館の鉄道ひろばが完成したという事で早速見に行ってきたので、気付いた点をまとめておこうと思う。
わざわざ混雑しそうな初日に行ったのは、オープンに合わせて供奉車344号の車内公開が行われるから。あまり人ごみは好きではないので、タイトルにあるように今回は客車を重点的に観察してきた。
さて、鉄道ひろばには、前述の供奉車に加え、オハ35 2001も展示されている。このオハ35 2001、長らく盛岡に展示されていたころに一度模型制作の資料収集のために訪問しており、14年ぶりの再会となった。

盛岡時代と比べ、内装、外装はきれいに補修されており、モケットの青が鮮やか。

レザークロスの巻き上げカーテンもこの通り。

床下も部分的ではあるが塗り直された模様。下からの照明もあるので、オハ35初期ロットの特徴であるUF30台枠の筋交いも容易に観察できる。

ただ、移設時に切断したのか、電池箱や電暖トランスの電線は再結線されていないようで、ヒューズ箱の碍子も黒く塗りつぶされてしまっている。(下写真は盛岡時代)

標記類は洗面所側が電暖改造後は2001のままとされた一方で、便所側が改造前の1となっている。

オハ35 1の”5”が微妙に傾いてしまっているのはご愛嬌か。
なんだかだんだん粗探しみたいになってきてしまったけれど、何かと暗い話の多い保存客車界隈で、国鉄鋼製客車の代表形式であるオハ35のトップナンバーがこうして安住の地を得たのは良い事だと思う。
さて、続いて供奉車344号へ。

同車は供奉車という特殊さはあるものの、車内設備は製作当時の1等車、2等車と共通するところが多いようなので、一般の客車(特に2等車)の製作に活かせるエッセンスという観点中心に観察してみた。
外観上気になるのは、後年のオハ35戦後型の内、絞り折妻などと通称される、この時代としては特異な屋根形状。雨樋漏斗は丸屋根客車のそれをおおむね踏襲していると思われる。(1枚目が供奉車344号、2枚目はオハフ33 215)


二重屋根車の漏斗はエッジが全体にはっきりしており、形状が異なる。

一方で雨樋自体は二重屋根客車用の段付きではないタイプと思われる。もっともこの辺りは大宮鉄博所蔵のマイテ39が2段雨樋を用いている例もあり、明確に分かれているものでもないのかもしれない。

次に気になったのは幌枠の形状、通常の客車と比べ、上辺の形状が扁平になっている。

続いて床下。
供奉車344号の台枠形式は手元に資料が無いのだが、車体裾のリベットが2列であること、大きく切りかかれているものの、側受梁梁当板がある事からするとUF45と思われる。


本体は撤去済みなものの、車軸発電機吊が2つ付いているのは、流石やんごとなき車の一族といった感じがする。
さていよいよ車内へ。公開開始の11時には結構人が並んでおり、あまりゆっくり見られなかったこともあり、結局3周くらいして観察してきた。

デッキは旧来からの褐色塗で、どうやら再塗装されたよう。床にリノリウムが敷かれていないのは当初からなのか、撤去されたのかは気になるところ。
車内に入るとすぐに2等室に入る。
現存車の無い2等車の内装を知る貴重な手掛かりである。

腰掛の脚台は大宮時代は一般的な客車同様の褐色に塗られていたようだが、今回の補修に際し、暖房キセ共々青色に塗られた経緯が気になるところ。
※’26/03/29追記:344号は大宮保存時代にすでに青色に塗られていたとの事。一方で同じ供奉車の461号は褐色塗。
車端部席には頭もたれに掛けるシーツの留め具も見られる。

車内をさらに奥に進み、便所、洗面所へ。
飲料水入れや大きな洗面台は流石優等客車といったところ。

続いて一等室へ。
回転式の腰掛と内張り腰板の凝った意匠が目に付く。


また、荷棚も大きな荷物と小物用※という事なのか、2段になっている。
※追記:軍刀用の荷棚との事

また供奉車は使用頻度が低いためか、デッキの開戸の取手がT字型の物が残っていたり、床下の給水口がカバー無しだったりと、他の保存車にない特徴がみられる。


いずれにせよ、落ち着いた頃合いを見計らって再訪してじっくりと観察したいと感じた。








































